短い「マリア様がみてる」




【1】 祥子さまの誤算


「時に」
 薔薇の館の二階にある大扉から飛び出してきた祥子さまは、下敷きにした彼女に抱きついたまま言った。
「あなた、一年生よね? お姉さまはいて?」
「は?」
「どっちなの?」
「いません……けど?」
「結構」
 祥子さまは彼女の手を取って立ち上がらせ、名前を聞いていた。私はまだ状況が飲み込めず、『さすがに本物のお嬢様は世故に疎いんだなあ』などとぼんやり考えていた。学園の有名人たる私の同級生を知らないなんて。
 物音を聞きつけたのか、山百合会の幹部がぞろぞろと現れたその場で、祥子さまは宣言した。
「私は、今ここに武嶋蔦子を妹とすることを宣言いたします」
「すみません、私、姉妹は持たない主義なので」
 蔦子さんは、にっこり笑って祥子さまの手をそっとほどいた。


   ―― マリア様がみてる 完 ――

























【2】 祥子さまの大誤算


「タイが曲がっていてよ」
「ああ? これのどこが校則に違反しとんのじゃ何章何項だ? だいたい名乗りもせず他人様の胸ぐら掴んで脳湧いとんのか向こうなら撃たれんぞワレ!! 自分の潔癖症押しつけるおまえの根性の方が曲がっとるわ!!」


   ―― マリア様がみてる 完 ――

























【3】 地域密着


「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
 汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
 私立リリアン女学園。
 明治三十四年創立のこの学園は、もとは華族の令嬢のためにつくられたという、伝統あるカトリック系お嬢さま学校である。
 東京都下。武蔵野の面影を未だに残している緑の多いこの地区で、神に見守られ、幼稚舎から大学までの一貫教育が受けられる乙女の園。


「では理事会の全会一致で、埼玉県深谷市への校舎移転を決定いたしました」


   ―― マリア様がみてる 完 ――



【編集部よりお知らせ】
 これまで「マリア様がみてる」を応援していただきありがとうございました。
 次号より新シリーズ「埼玉マリア様がみてる」が始まります。お楽しみに!






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