やさぐれミルクホール



(2)





「まだ続きがあったの?」
 私が新たに鞄から取り出した紙の束に、お姉さまは露骨にイヤそうな顔をする。
 さすが姉妹同士、気が合う。私もそろそろイヤになってきた。こんなの、姉妹でなくても共感を得られそうではあるけれど。
「後編と……追加の記事があります」
「後編と追加? 普通に二番と三番って数えないの?」
「読んでいただければ分かります」
「……?」
 小首を傾げながらもそれ以上の質問はせず、お姉さまは私の両手から原稿を受け取った。




        ――外部進学組が語る「はじめてのリリアン 後編 」(仮題)――

  日時:200X年3月12日(木)午後3時45分
  場所:校内ミルクホール

――山百合会全般のことについて教えて?
可南子さん(『可』。以下同じ)「なんだか随分くだけてきたわね」
――真面目に答えてくれない誰かさんと誰かさんのせいでね。
乃梨子さん(『乃』。以下同じ)「山百合会ね。正直どうしてああもチヤホヤされるか、分からなかったんだよね」
可「そういう乃梨子さんが、一年生で最初にあのメンバーの中に入ったんだから不思議ね」
――入ってみてどうだった? 
乃「よくわかった。確かにチヤホヤされる価値がある。志摩子さんだけは」
――その他全員にはまったく無いの?
乃「…………………………無い」
可「熟考のうえに出した答えは重いわね」
――それはそれとして……外部進学生が姉をすぐに持つのは珍しいけど、山百合会に入るのはもっと珍しいの。乃梨子さんはいろいろ大変だったんじゃない?
乃「そうそう。妹になりたてのころは白薔薇さまファンに夜道で狙われて大変だったな」
可「それは警察に言った方が良いわ」
乃「だいじょうぶだいじょうぶ。残らず返り討ちにしたから。さすがに弓道部と薙刀部の連合軍12人に襲われた時は手こずったけど」
――どこの番長物語よそれは。
乃「同級生に敵も増えたし。陰ではロサ・ギガンティア・アン・シュヴァリエとか言われてたのよ」
可「どういう意味?」
乃「私も分かんなくて、図書館の仏和辞書で調べたら、『白薔薇の騎士』って意味だった」
可「あら、意外とぴったり」
乃「正直、『つぼみ』なんて弱っちい言葉より気に入ったりするんだけど」
可「悪口までフランス語にするなんて、お嬢様がたは暇なのねー」
――そのセンスはいかにもリリアン生って感じ……って問題じゃなくて。そろそろ真面目に答えてよ。
乃「はいはい。じゃ、次の質問どうぞ」


――山百合会って、普通の生徒会とはちょっと違うじゃない?生徒会長が三人同格ってのは珍しいけど、その辺はどう感じた?
可「これは当事者の方が良いでしょう。乃梨子さんは中学校でも生徒会だったらしいけど、どう?」
乃「ま、同格っていっても、来年度から実質的に白薔薇中心体制になるのは必然じゃない?」
可「うわ、それが前提?」
乃「優秀な指導者が現れれば、集団指導体制なんて甘っちょろいシステムは一瞬で崩壊するものよ」
可「そうかしら。祐巳さまと由乃さまと志摩子さまだったら、祐巳さまが中心になりそうな気がするな」
乃「参謀格の立場が違いすぎるでしょ。瞳子は祐巳さまの妹になるならないでグダグダやってる間につけ込んで飼い慣らしたから、紅薔薇の権力は白薔薇の権力」
――つぼみを『参謀』って表現したのは、リリアン始まって以来かもね……。
乃「菜々ちゃんも割と思考回路が単純そうだし。黄薔薇ファミリーの伝統かな」
可「黄薔薇さまはともかく、由乃さまの耳に入ったら激怒しそう」
――乃梨子さん、次期黄薔薇さまに点が辛いですね……。
乃「あのヒト子供だし。瞳子が選挙でもうちょっと上手く立ち回って、由乃さまを蹴落として欲しかったな」
可「そしたら瞳子さんも困ったでしょうね。まさか黄薔薇さまが紅薔薇さまの妹になる訳にもいかないでしょうし」
乃「本当。リリアンの生徒は単純だから困るわ。瞳子が嫌いなら、いっそ結託して票を入れてやる方がイヤガラセになったのにねー」
――瞳子さんはしっかりフォローするんですね。さすが良いお仲間で。
乃「……からかおうとしてもムダだからね。友人はちょっとくらい世間で孤立してる方が、扱いやすくて良いんだから」
可「まったくね。瞳子さんはお友達が少ないから、私の言うこともいろいろ聞いてくれるし。このまえ学食でパンを買ってきて貰ったし」
――紅薔薇のつぼみをパシらせんな!
乃「そうそう。瞳子は私のパシ」
――あなたもねっ!


――じゃ、ラスト。卒業する紅薔薇さまと黄薔薇さまに悪態ついて。
乃「一年間ご指導ご鞭撻ありがとうございました。それぞれの進路でご健勝をお祈りいたします」
可「紅薔薇さまも黄薔薇さまも素晴らしい方でしたね」
――……え? え? 私だけ悪者っ?





「相変わらず芸人インタビュー的にボケ倒されてるわね」
「おっしゃるとおりです」
 最後に浮かべた二つのイヤなイヤな笑い顔を思い出して、私はため息をついた。あれ、どこまで事前打ち合わせがあって、どこまでアドリブだったんだろ。インタビュー内容くらい想像はつくだろうけど。
「ま、ここまでいくといっそ清々しいわ。芸人のくせにインタビューでギャグの一つも言わないヤツ、私は嫌いだし」
 お姉さまの芸人趣味はこのさい関係ないと思います。
「で、最初に言ってた『追加の記事』って……これ?」
「はい」
 お姉さまは読み終えたページを机の上に置いていったけれど、両手の上にはまだ半分以上の紙が残っている。





――ご協力ありがとうございました。
乃「うわ、すごい棒読み」
可「ひどい人ね、日出実さんって。せっかく取材に協力してあげたのに。
乃「ほんとほんと」
――こんなの記事に出来るわけないじゃないっ!
乃「はいはい泣かない泣かない。そう思って、あらかじめ手配しておいたから」
――……手配?
可「あ、来たみたい。こっちこっち」
乃「あの二人、私たちと同じ外部進学組なの。文芸部とバスケ部だから、文化系と体育会系の話が聞けて良いと思う」
――え……どういうこと?
可「日出実さんのお仕事、外部進学組のインタビュー記事なんでしょ? 該当する部の後輩を一人、探して来たのよ」
乃「もう一人は私のツテ。感謝してね」
――な……何が何だか分からないけど、あの子たちにインタビューしろと?
可「そ。じゃあ、取材の邪魔した二人組は帰るわ。ごきげんよう」
乃「私も山百合会の仕事あるから。ごきげんよう」
――なに? 何なのこの展開はっ?





 後に『まともな』外部進学組のインタビュー記事が続くと知るや、それを机に置いて、お姉さまはひとつ大きな息を吐く。
「この二人の目的が分かったわ」
「バカなこと言って記事にさせないことですよね……」
「違うわ」
 お姉さまが意味深な笑みを浮かべる。
「記事にされたくないだけなら、そもそもインタビューなんか受けなきゃいいのよ」
 すぐに意味が飲み込めなかった私だったが、次第に理解ができた。言われてみれば、それももっともな話だ。
 学園祭や新入生歓迎会なんかの公的行事なら、新聞部の取材を受けるのも広い意味で山百合会の仕事の一環だ。でも『高等部から編入してきた生徒へのアンケート』なんて、生徒会の仕事じゃない。『忙しいから』の一言で、私はすぐに引き下がっただろう。ましてや自分たちで代わりのインタビュー相手を見つけてくるなんて、ずいぶん手間をかけたものだ。
「それなら何故……」
「このインタビュー、最後は日出実も随分くだけた口調になってるわね」
 私の呟きに耳を貸さず、突然お姉さまは無関係な話を始める。
「それは……さすがにこれは記事にならないなって気づきましたから」
「それよ」
「は?」
「…………そうそう、私、これから薔薇の館に行くから」
 またも唐突に、お姉さまは椅子から立ち上がった。
 何かを思い出したというより、何かを思いついたという様子で。
「取材ですか?」
「ううん。ただ遊びに行くだけよ。祐巳さんたちと話したいことがあって」
「……そうですか」
「というわけで、残りの記事は後で見るから。置いといて」
「あ、はい」
 お姉さまは右手をひらひらと振って、油が足りず軋むドアをくぐり抜けていった。


 さっきまで、必死にワープロを打っていたのに、遊びに?
 文章が途中で切れた画面を見て、私は首を傾げる。
 時間にして二分ほど。
 くすんだ窓ガラス越しに、クラブハウスの玄関から出ていくお姉さまの後頭部を確認したところで、私は部室を飛び出した。


 まっすぐ薔薇の館に入っていく後ろ姿を見て、私は何故かほっとしていた。
 ほっとすると同時に、別の疑惑が生まれる。
 『薔薇の館に行く』というのはウソじゃなかったけど、では何をしに行ったのか。
 私は、『遊びに行く』という言葉を信じていなかった。別の取材でも入らないかぎり、お姉さまが作業途中のワープロから離れることはない。ましてや今は、かわら版の締切前なのだ。
 だから、お姉さまの用事は取材だと考えていた。乃梨子さんたちのインタビュー記事から、何かひらめくものがあったのではないかと私は思った。
 もちろんそれは『遊びに行く』と嘘を言ってまで私を遠ざける理由にはならないのだけれど。
 ただ、そうこうしているうちに二階の窓では、入室してきたお姉さまが窓際の椅子に腰掛け、祐巳さまや由乃さま、志摩子さまたちと談笑を始めた。もちろん会話の内容は聞こえないけれど、その表情も仕草もリラックスしきっている。とても取材とは思えない。


 よく考えると、いつもお姉さまが手放さない黒の手帳も、ワープロの横に置きっぱなしになっていたはずだ。
 そのことに思い至って、初めて気づいた。


 私はあの建物に、新聞部員の立場でしか入ったことがない。


 何度も出入りしているから、きっと薔薇の館の住人はみんな私の顔と名前くらいは知ってくれているだろう。
 でもそれは、あくまで『新聞部の一年生』としてのこと。
 乃梨子さんと瞳子さんという同級生も二人居るけれど、山百合会や新聞部の活動がなければ、挨拶程度のことしか話したことがない。
 いちばん長く話したのは、ひょっとすると、昨日のミルクホールでのことじゃないだろうか。
 記事にならなかったのだから、昨日のアレは取材じゃない。
 だったらそれは、友人同士の他愛もない莫迦話。
 私もそれにつられた。
 そうなるように乃梨子さんたちが仕向けた。

 乃梨子さんが可南子さんを連れてインタビューを受け、その上でそれを『インタビュー』とは言い難いものにしたのは、そんな気持ちがあったのかもしれない。
 お姉さまが部を引退すれば、新聞部の活動は私たち現一年生が中心になる。
 直接聞いたことはないけれど、他の一年生たちは、次期部長が私だと噂している。
 それを見越した乃梨子さんは、私に言いたかったのかもしれない。
 『お互いのお姉さま方のような関係を作ろう』と。
 生徒会と新聞部という立場だけじゃない、別の関係を。

 窓際の席を選んだのは、きっと偶然じゃない。
 『私が尾行してくるのはお見通し』な顔で小さく手を振ってくるお姉さまに、少しだけ腹が立ったけれど。
 ガラス窓の向こうでは、乃梨子さんがあたらしいティーカップを机の前に運んでいるところだった。


 とりあえず乃梨子さんと、ただの友人として二度目のお喋りをしに行ってみようか。
 私の足は、自然と薔薇の館の古びた扉へ向いた。





「乃梨子ちゃんは頭良いからね。新聞部を味方に取り込んでしまえって思惑があるかもしれないから、気をつけて」
 薔薇の館からクラブハウスへの帰り道。締切前の仕事が待つ部室に戻る途中で、お姉さまはとんでもないことを囁いた。
 色々ぶち壊しにしてしまう一言に、私はがっくりと頭を垂れた。
「…………お姉さまは意地悪ですね」
「だって、私をどうして姉にしたのか、教えてくれないし」
「おまけに、ほんっとうにしつこいですっ!!」




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